M&Aにおけるバリュエーション(企業価値算定)の重要性と計算手法を丁寧に解説
M&Aで企業の譲渡を検討している方にとって、自社の価値がどれくらいなのか正しく把握することは、M&Aの第一歩として重要なステップです。企業価値(EV)を算定するためには、バリュエーションと呼ばれる手法を理解しなければなりません。テクニカルな分野なので、実際に企業価値を評価するのは中小企業診断士などの専門家と一緒に進めることがほとんどですが、この記事を通して大まかな流れや分類について押さえておきましょう。
この記事で企業価値の意味や意義、具体的な計算手法が理解できますので、ぜひ10分ほどお付き合いください。
M&Aで企業価値を算定する理由とは
M&Aにおいて企業価値を算定することは非常に重要です。買い手と売り手のお互いが「どれくらいの値段で譲渡するか」を交渉・決定していく上で、企業そのものが持つ価値を可視化しなければ、話し合いの土台がないままM&Aを進めることになります。
そのため、売り手側の企業が自社の価値を算定するのは、いわばM&Aや事業承継の最初の一歩とも言える作業です。また、実際にM&Aを進めていく中で、買い手が専門家とともに売り手企業の価値を算出する「バリュエーション」というステップが存在し、最終的な譲渡価格を決定する上で非常に重要な意味合いを持っています。
M&Aや事業承継は複雑な事柄を扱いますが、突き詰めれば、企業理念や企業の文化といった見えないものを受け継ぐ姿勢を前提として、それらの見えない資産は「お金に換算するとどれくらいの価値になるのか」という点について交渉していく作業なのです。
そのため、自社の事業や株式にどれくらいの価値があるのかあらかじめ算定しておくことは非常に重要と言えます。
企業価値(EV)は「価値」ではなく「価額」で決まる
企業価値は(EV:Enterprise Value)とも呼ばれており、企業そのものが持っている価値を多角的な視野から分析し、適切な価額で評価することで算出されます。
一つ留意しておいていただきたい点として、企業価値は、厳密には「価格」ではなく「価額」である、ということを説明致します。経済における「価格」は需要と供給のバランスによって決定されるものですが、「価額」は価格よりも客観的で、そのものが本来持っている価値を表す言葉です。
企業価値は売り手の視点によって決定されるものではなく、買い手企業や専門家といった周囲の存在によって、多角的かつ適切な評価が下されて決定するものなので、一概に需要と供給だけで決められる「価格」とは異なります。企業が本来持っている価値や今後の可能性も踏まえた実質的な価値、つまり「価額」であると考えられているので、自社内で見積もった企業価値よりも高い価値がついたり、反対に低い価値がつくことも考えられるのです。
このあたりが、価格と価額の違い、ひいてはM&Aにおける売り手と買い手の認識の違いの根本になるケースが多くあるため、あらかじめ把握しておくと良いでしょう。
M&Aにおいて売り手と買い手の認識を一致させるため
先述したように、企業価値はM&Aや事業承継を行う上でキーとなる共通認識です。算定した企業価値をもとに交渉を進めて、具体的な譲渡価格を決定していきます。
また、買い手企業が売り手企業の財政や法務、事業内容を詳しく調べていく中で瑕疵があれば、事前に算出された企業価値から差し引きすることでM&Aを成立させることも可能です。つまり、企業価値という可視化された価値を調整しながら、お互いの落とし所を探っていくことが大切と言えます。
その意味でも、企業価値の算定は買い手と売り手の両社が認識をすり合わせていく上で重要な手順と言えるでしょう。
非上場企業の価値を推し量るため
上場企業は株式が公開されているため、企業の価値を算出しやすくなります。しかし、非上場企業の価値を算出するには、単純に株価を算出するだけでは足りません。テクニカルなアプローチが必要です。
そのため、中小企業や零細企業の価値の算定は経営コンサルタントや中小企業診断士、M&Aや事業承継の仲介会社などの専門家と協力しながら進めていきます。
企業価値を算定する3つのアプローチ
企業価値を算定するためには、大きく3つのアプローチから最適なものを選んで計算を行わなければなりません。具体的には以下の方法があります。
- インカムアプローチ
- コストアプローチ
- マーケットアプローチ
ここからは、それぞれの手法の特徴やメリット・デメリットについて詳しく見ていきます。また、最もポピュラーな計算手法であるDCF法の計算手順も掲載していますので、ぜひイメージを掴んでいただければと思います。
◆インカムアプローチ
インカムアプローチは、将来的に期待される収益やキャッシュフローをもとに企業価値を算出する手法です。経営には当然リスクも含まれるため、期待されるキャッシュフローからリスクを割り引いて、実質的な企業価値を予測します。
インカムアプローチのメリット
インカムアプローチのメリットは、今後の成長や将来性も企業価値として組み込める点です。今は利益が上がっていなかったり、目立った資産を保有していなかったりしても、これからの期待やキャッシュフローを価値に変換できます。
そのためM&Aの際には、会社の規模以上の譲渡価格を設定できることから、多くの企業がDCF法によって企業価値を算定しているのです。
インカムアプローチのデメリット
インカムアプローチでは、将来への期待や予想されるリスクを数値化して価値に落とし込んでいくため、主観が入りやすくなるというデメリットが生じます。
さらに踏み込んで言えば、事業計画やキャッシュフローの予測を策定した人にとって都合よく数値を書き換えられるとも言えるため、万が一の事態が発生したり、思った通りの利益が出なかったりといったケースに陥ると、予想通りににM&A後の経営ができなくなってしまうのです。
インカムアプローチによって企業価値を算定する場合は、主観的な面が含まれていることも想定しておくことが大切と言えます。
インカムアプローチ(エンタープライズDCF法)の具体的な手法
代表的な手法としては、DCF(Discounted Cash Flow)法や配当還元法が挙げられます。ここでは最もよく用いられるDCF法の中でもポピュラーなエンタープライズDCF法について、詳しく見ていきましょう。大きく5つのステップに分かれていますので、一つずつ見ていきます。
1.一定の期間で期待できるキャッシュフロー(FCF)を計算する
まずは株主や債権者に分配できるキャッシュフローがどれだけあるのか計算します。
FCF=EBIT×(1-法人税率)+減価償却費-設備投資等±運転資本等の増減
2.加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital)を算出する
WACCは借入や株式調達にかかるコストを加重平均で表したものです。1円の資金を調達するのにかかるコストを指しており、債権者や株主に対して超えなければならないボーダーラインとしても考えられます。
WACC=[株主資本コスト×{株主資本額÷(有利子負債額+株主資本額)}]+{負債コスト×(1-実効税率)×有利子負債額÷(有利子負債額+株主資本額)}
ややこしい計算式に感じますが、意味するところは「そのビジネスで実現しなければならない最低限の利回り」と同義です。そのため、M&AではWACCを超えるべきボーダーラインと捉えて、WACCを超えた結果を切り取って企業価値とする、と覚えておきましょう。
3.残存価値(TV)を計算する
事業の成長が鈍化すればFCFは減少しますが、なくならない事業の価値も存在します。残存価値とは、キャッシュフローが悪化しても残る根源的な価値を数値化したものです。
残存価値(TV)= 継続可能FCF×(1+永久成長率)÷(割引率-永久成長率)
上の式で登場する割引率とは、先ほど紹介したWACCのことです。
4.設定した一定期間の「現在価値」を算出し、非事業価値も加えて企業価値を算定する
ざっくりとした手順は以上になります。DCF法を用いて自社内で企業価値を算定することも不可能ではありませんが、非常に複雑な計算が必要になるため、専門家と共に作業を進めていくことをおすすめします。
◆コストアプローチ
コストアプローチは、企業の純資産を基準に企業価値を算出する手法です。ネットアセットアプローチやストックアプローチとも呼ばれており、帳簿の情報が正確であれば、DCF法よりも簡単に客観性の高い企業価値が算定できます。
代表的な計算手法には、簿価純資産法や時価純資産法などが挙げられます。
コストアプローチのメリット
コストアプローチのメリットは、客観性の高さにあります。インカムアプローチのように「将来性」や「期待値」といった主観的な情報を組み込まずに、事実をもとに企業価値を算出するため、正確な数値を弾き出せるのがポイントでしょう。
不動産M&Aや売却を目的としたM&Aの場合は将来の期待を組み込む必要がないので、コストアプローチを採用して手早く企業価値を算定してしまうのが良いでしょう。
コストアプローチのデメリット
コストアプローチのデメリットはM&Aで重要な「のれん」が計上されない点です。一定の期間の企業の事実をもとに企業価値を算定していくため、将来の収益や利益が加味されず、見えない資産である「のれん」が計上されません。
そのため、今後も事業を継続し、発展させていくためにM&Aを検討している場合はコストアプローチではなく、他の手法を選択したほうがよいと言えます。
◆マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、株式市場やM&A市場での適正価格を基準として企業価値を算定する計算手法です。客観性の高い企業価値を算出できますが、事例となる「同種の事業を行っている企業」や「同規模の企業」を探すことが難しく、そもそもマーケットアプローチが採用できないケースも少なくありません。
代表的な計算手法としては、類似企業比較法や類似取引比較法などが挙げられます。
類似企業比較法は、同じ業種や規模で上場している企業を比較対象として、自社の企業価値を評価する方法です。一方の類似取引比較法は、自社と同等の企業がどれくらいの取引倍率でM&Aを成立させているかを参考にしつつ企業価値を算定します。
マーケットアプローチのメリット
マーケットアプローチのメリットは客観性の高さにあります。サンプルとして、既に存在する企業を参考にしながら企業価値を算定するので、算出した企業価値は広く理解されやすいものとなります。
また、自社が身を置いている市場が活発に動いている場合は、サンプルとなる企業も高い価値を持ちやすくなります。付随して、自社にも市場の環境を反映させやすくなり、企業価値が高まる傾向にあるのです。
マーケットアプローチのデメリット
マーケットアプローチのデメリットは、類似する企業や取引事例が見つかりにくく、仮に見つかったとしても自社の固有の価値を反映させにくい点にあります。
日本ではまだまだM&Aの事例が少なく、データベースの醸成も進んでいないため、取引事例の共有や可視化が難しいという特徴があります。そのため、マーケットアプローチによって企業価値を算出できる業種や企業の規模が限られてしまうのです。
また、客観性の高い企業価値を算出できる反面、比較によって企業価値を算出するため、自社の固有の価値を反映させにくくなります。
加えて、株式市場が乱高下を繰り返していたり、自社が身を置く市場が安定していなかったりすると、実際の企業価値とは外れた数値が算定される可能性もあります。
企業価値を算出してM&Aに備えよう
この記事で紹介したように、中小企業の企業価値を算定するためには、大きくインカムアプローチ、コストアプローチ、マーケットアプローチという3つの手法が存在します。それぞれに特徴があり、手法によって生じるメリットやデメリットも含めて、どの手法で企業価値を算定するのか検討しなければなりません。
企業価値を算定することも大切ですが、むしろ「どの手法が自社の企業価値算定に適切なのか」を考えることは、自社を大きな視点で捉えて、客観的に観察する上でも重要なステップとなります。M&Aに取り組む前に、ぜひこの記事を参考にしながら自社の姿やこれからの未来像をイメージしてみてはいかがでしょうか。
とはいえ、企業価値算定をおこなうには労力がかかります。
弊社では無料で企業価値算定や相談を承っておりますので、気軽にご利用いただければと思います。
M&Aや事業承継は、自社にとって非常に重要な決断です。一人で悩まず、不安なことや分からないことがあれば、お気軽に弊社へご連絡ください。事業承継通信社では、御社の現状や未来に寄り添い、経験豊富な専門家が適切な決断をお手伝いいたします。
執筆者:小野澤 優大(おのざわ まさひろ)/事業承継士・ファイナンシャルプランナー