【M&A/事業承継】第三者承継支援総合パッケージが中小企業に与える好影響を解説

2019年12月に経済産業省が策定した「第三者承継支援総合パッケージ」は、多くの業界関係者や、事業承継・M&Aを検討している事業者の間で大きな話題となりました。中小企業の事業承継・M&Aのハードルを下げ、10年間で60万者の後継者を輩出することを目的にしています。スローガン的な位置づけの第三者承継支援総合パッケージですが、中小企業や関係者にどのような影響を与えるのか、詳しく解説していきます。

 

第三者承継支援総合パッケージとは?

2019年12月20日に経済産業省は「第三者承継支援総合パッケージ」を策定・発表しました。

呼称の通り、「第三者への事業承継」を支援するための基本方針や、国が定める目安としてのゴールなどが盛り込まれており、今後の事業承継支援の要となっていくものとして注目を集めています。

 

第三者承継支援総合パッケージの概要を解説

第三者承継支援総合パッケージは大きく3つの柱から成り立っています。

  • 経営者が売却に踏み切れるよう事業承継型M&Aの支援体制を強化
  • 個人保証の二重取りなど事業承継におけるボトルネックの解消
  • 第三者承継のマッチングコスト削減や補助金創設などの金融支援

これらの取り組みを通して、10年間で60万者の後継者を輩出すると掲げています。これからますます事業承継やM&Aは隆盛していくと考えられるでしょう。

そもそも、第三者承継はM&Aによる事業承継(=事業承継型M&A)と言い換えられます。これまでも事業承継型M&Aは散見されていましたが、いくつかの課題があるため浸透しにくく、経営者の高齢化や廃業の波が到達する速度のほうが早いことからも、早急な対策が必要であると考えられていました。

 

第三者承継支援総合パッケージが誕生したワケ

第三者承継支援総合パッケージが誕生した理由は、「大廃業時代」というキーワードとともに説明しなければなりません。

2017年に経済産業省が発表した「大廃業時代の到来で127万社(国内中小企業の1/3)が倒産する」という試算結果により、日本の深刻な後継者不足や経営者の高齢化が取り沙汰されるようになりました。

このあたりから、事業承継やM&A業界はますます注目されるようになります。

参考:中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題

 

上の図からも分かるように、70歳以上の経営者が245万人と大多数を占めている中、その半数の127万人が後継者未定のまま。このうち半数近くが、黒字廃業の可能性を抱えていると言われています。

何も手を打たないまま大廃業時代を迎えることで、結果として22兆円ものGDPが失われ、650万人が失業すると考えられているのです。

親族内承継や従業員承継だけでは到底追いつかない廃業のスピードに対応するべく、事業承継型M&Aをもっと浸透させていく。それが第三者承継支援総合パッケージの狙いであり、策定された理由であると考えられます。

 

第三者承継支援総合パッケージの鍵となるのは大きく3つ

第三者承継支援総合パッケージの鍵は、先ほど紹介した3つの柱とも言い換えられます。

  • 経営者が売却に踏み切れるよう事業承継型M&Aの支援体制を強化
  • 個人保証の二重取りなど事業承継におけるボトルネックの解消
  • 第三者承継のマッチングコスト削減や補助金創設などの金融支援

なぜこれらの柱が必要だったのか、その理由や取り組みの内容を詳しく解説していきます。

 

経営者が売却に踏み切れるよう事業承継型M&Aの支援体制を強化

経営者にとって事業承継やM&Aという手段は「自身の経営に幕を下ろす」ことと近い意味を持つので、決断が難しく、なかなか踏み切れないという特徴があります。

加えて、具体的に何をすればよいのか、どこから始めれば分からない、という「事業承継やM&Aに関する知識不足」による漠然とした不安を抱えている方も多くいらっしゃいます。

こうした状況を改善するため、第三者承継支援総合パッケージでは、より経営者の近くで事業承継を推進するために「金融機関やプラットフォーマーなどの民間と連携して事業承継の機会を生み出す」ことを目指す、としています。

また、経営者の情報不足を補うべく「事業引継ぎガイドライン」を改訂し、「中小M&Aガイドライン」という要項を追加。適切な仲介業者や仲介料を見極められるような情報提供を行うことも盛り込まれています。

こうした経営者への歩み寄りを通して、事業承継やM&Aをより身近な選択肢として捉えてもらうことが、第三者承継支援総合パッケージの第一歩目として策定されています。

 

個人保証の二重取りなど事業承継におけるボトルネックの解消

従来は経営者に対して「経営者保証」という個人保証を条件とした上で融資を行うことが多くありました。今後はこうした経営者保証がなくとも融資が受けられるような、新しい信用保証制度を創設していく、とも記載されています。

また、経営者保証というリスクが存在すると、後継者が事業承継を断ってしまうケースも多くありました。

事業承継によって後継者に経営権が移る際に、金融機関が「後継者の方からも経営者保証をいただきます」と主張することが多く、経営者保証という大きなリスクが事業承継に向かう後継者の足を止めてしまっていたのです。

参考:第三者承継支援総合パッケージ丨中小企業庁

 

今後は、こうした経営者保証の二重取りは原則禁止とし、新たな保証制度の創設などを通して事業承継のリスクを可能な限り取り除いていく、と明確に記載されています。

その先駆けとして、政府系金融機関の融資については無保証化を拡大し、民間の金融機関がどのように事業承継支援のための施策を行っているのか見えるようにしていく、とも発表しました。これまでの融資の慣例がガラリと変わる兆しが見えてきています。

 

第三者承継のマッチングコスト削減や補助金創設などの金融支援

第三者承継は、多額のマッチングコストがかかることもネックとなっています。

こうしたコストを削減し、承継後の経営をスムーズに軌道に乗せることが何より重要。事業承継後の動き出しを支援するため、事業の選択と集中を促す新たな補助金の創設や税金の緩和、金融支援の充実といった施策を打ち出していくことが明示されました。

補助金の創設については大きく「補助枠の増加」「補助金上限の引き上げ」がすでに決定しています。

参考:第三者承継支援総合パッケージ丨中小企業庁

 

変化する点は以下の2つです。

  • 「ベンチャー型事業承継枠・生産性向上枠」という枠組みを新たに創設し上限額を引き上げ
  • 廃業費用を上乗せして補助し、事業の選択と集中を後押しする

といったように、中小企業のM&Aでかかるコストを軽減する施策が盛り込まれています。

 

第三者承継支援総合パッケージで何が変わる?

第三者承継支援総合パッケージの概要を把握したところで、具体的に「何が変わるのか」についても抑えておきましょう。

  • 中小企業の経営者にM&Aの知識が周知されていく
  • 個人保証を脱却し後継者が会社を引き継ぎやすい社会へ
  • 事業承継で必要な資金がもっと調達しやすく
  • 後継者教育のノウハウを蓄積する「承継トライアル実証事業」が始動

こうした具体的な変化を読み解いていきます。

 

中小企業の経営者にM&Aの知識が周知されていく

もともと、中小企業の経営者にとって、M&Aはそれほど身近なものではありませんでした。米国では盛んに行われていたM&Aですが、国内では「大企業の間で時おり見られる珍しい事態」という印象だったのではないでしょうか。

また、国内におけるM&Aの認知は良いものばかりではありません。2007年に話題を呼んだ、新日鉄に対するミタル社の敵対的買収も印象深く、有効的M&Aの認知が根付くまでには様々な紆余曲折がありました。

参考:中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題

なお、今も中小企業、小規模事業者がM&Aに抱く印象としては、上の図のように6割以上が共感できていない状態であり、半数近くがM&Aについて「よくわからない」と回答しています。

参考:中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題

コンサルティング業者や仲介業者も、「売り手に対して具体的な成功事例を提示すべき」と感じていたり、「第三者への売却は事業が成功した証である」という啓蒙活動が必要だと述べたりしています。

第三者承継支援総合パッケージによってM&Aに関する基礎知識とメリットの拡充がセットで行われることで、M&Aや事業承継に興味を持つ経営者は増加していきます。これからは中小企業や小規模事業者の間でM&Aの認知が高まり、成約率も向上していくでしょう。

 

個人保証を脱却し後継者が会社を引き継ぎやすい社会へ

個人保証を理由に事業承継を断られるケースが多い、と紹介しましたが、これは喫緊に解決すべき課題でしょう。

後継者候補を見つけることが難しい少子高齢社会のなかで、せっかく意欲の高い後継者を見つけたのに、個人保証がネックとなり承継を断られてしまうのは重大な機会損失です。

特に、大廃業時代の到来に備える、という共通の目的がある現代社会に置いては、爆弾ゲームのように個人保証のリスクを回し合うのではなく、新たな可能性に対して期待、支援する流れが強まっていかなければなりません。

第三者承継支援総合パッケージによってそうした風向きが強まれば、事業承継やM&Aはより一般的な選択肢として、若い方々の間に広まっていくと考えられます。

 

事業承継・M&Aで必要な資金がもっと調達しやすく

事業承継やM&Aにおいては、株式や資産の買取資金、承継後の経営革新を打ち出すための内部留保が必要です。

こうした資金の捻出も企業・後継者にとってのネックとなっていましたが、事業承継税制や事業承継補助金の拡充によって少しずつ担保されてきています。

今回の第三者承継支援総合パッケージでも注目されている補助金の拡充によって資金調達のハードルが下がりますから、これまで事業承継やM&Aに乗り出せなかった方に対してもチャンスが開かれます。

 

後継者教育のノウハウを蓄積する「承継トライアル実証事業」が始動

事業承継では特に後継者教育も大きなハードルの一つと考えられています。ただ現場経験を積ませるだけでは経営のスキルが身につかないことはおろか、モチベーションも高まりません。

また、経営が属人的なスキルであることも踏まえると、後継者教育の成功法則を見出すことは非常に難しい、というのが一般的な見解でした。

そのため、後継者塾などの取り組みが開催されていましたが、第三者承継支援総合パッケージによって、分散したノウハウを蓄積していく「承継トライアル実証事業」がスタートしました。

 

後継者教育の「型」を確立し、今後のマッチング精度を高めていくことが期待されています。これにより、始めからマッチング精度の高い後継者候補を見つけることが可能になりますし、どのような教育を施せば良いのか、というセオリーに基づいたカリキュラムを組むことも可能になるでしょう。

 

「10年間で60万者の第三者承継を実現する」のは可能か

第三者承継支援総合パッケージでは、10年間で60万者の第三者承継を実現することをスローガンとして掲げています。この数字を達成するためには、毎年6万人の後継者を輩出していかなければなりません。

2019年の時点では、中小企業のM&Aは年間4,000件弱とまだまだ追いついていないのが現状です。M&Aを意識している企業ではなく、M&Aを意識していない企業がM&Aのメリットを理解し、自社で取り組むか否か、しっかり判断していくことが肝心です。

そのためにも、まずはこの記事で紹介した第三者承継支援総合パッケージや、事業承継型M&Aについての基礎知識を抑えておきましょう。

また、詳しくM&Aに役立つ知識を知りたい方は補助金や事業承継税制についても理解しておくことをおすすめします。

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執筆者:小野澤 優大(おのざわ まさひろ)/事業承継士・ファイナンシャルプランナー

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