【事業承継・地方創生】城崎温泉 旅館 山本屋・高宮浩之さん ~城崎の街とともに~

今回は、城崎温泉に佇む温泉旅館 山本屋を経営しながら、城崎温泉の観光協会会長であられる高宮浩之さんにお話を伺いました。山本屋は城崎温泉とともに350年続く老舗旅館ですが、実は高宮さんの出身は京都で、この土地には縁もゆかりもありません。どんないきさつで先代より承継したのか、そして、旅館の未来、城崎という街の未来をどう考えているのかを伺いました。

 

ー山本屋を経営するに至った経緯を教えてください。

高宮さん:
もう長いこと城崎で温泉旅館を経営していますが、自分は1962年に京都で生まれて育ってますから、もともとは縁もゆかりもない土地ですね。

それと新卒で就職した会社でも人事や就職情報メディアをやっていましたから、いまの旅館経営というのはまったくの畑違いです(笑)。

それがなぜやるようになったかというと、ここは妻の実家なんです。いよいよ継ぐ人がいないということで、それならば、ということで。33歳のときですね。

350年も続いてる旅館ですからね。代でいえば、14、15代目ぐらいになるのかな。後を継ぐ人がいないという理由だけで、ここまで続いた歴史が途絶えてしまうのはもったいないじゃないですか。

城崎温泉の中心に位置する山本屋。城崎の街並みになじむ町家風の造り、木と土壁の温もりが印象的

 

ー縁もゆかりもない土地で、経験のない事業をやることに対して不安や葛藤はなかったのでしょうか?

高宮さん:
もともと何か自分でやりたい、経営をしたいという気持ちはあったので、経験のない業種に飛び込むことに対して葛藤はなかったですね。それに城崎の街は本当に素敵ですし、城崎で出来るというのも大きかったと思います。

あと当時は、旅館に泊まるとなると全国どこに泊まっても1泊2食で、夕食には天ぷらが出て、海でも山でも刺身が出て・・・といったパターンがほとんど。それが不思議で不思議で仕方なかった。

そういった旅行代理店が作った画一的なパッケージはあったけれど、そういうのを取り払って、城崎の魅力をシンプルに伝えていったら、もっと出来ることがたくさんあるんじゃないかと。

 

ー城崎の人から見たら突然外の人が入ってきたわけですが、変化は受け入れられづらかったのでは?

高宮さん:
いや、実は全然ない(笑)。
最初から本当に良くしてもらったという記憶しかないですね。

城崎という温泉街が長く続いてるにはわけがあって、常に新しいものを柔軟に受け入れ、変化をし続けているからなんです。

開湯1300年になりますが、城崎には常に新しいことにチャレンジしようという文化がある。

街全体で観光客を呼ぼう、街に人が集まれば城崎のみんなが潤う、という考えが土台にあって、街としてお客さんにどう楽しんでもらうか、どうしたら何度も訪れてもらえる街になるのかを真剣に考えている。

自社のプロモーションではなく、街のプロモーションのために何をするのか、そのための新しいアイデアを考えているし、それが歓迎される。

城崎温泉は7つの外湯を浴衣を着てめぐる「外湯めぐり」で有名なまちですが、今の「外湯めぐり」のシステムは私たちの父親世代の方たちが作り上げたものです。

私たちは外湯巡りをする時に、白地の浴衣に旅館名が書いてある寝間着のような浴衣では面白くないと「浴衣のファッションショー(写真)」を開催し、それをきっかけに浴衣の似合うまちづくりを始めました。その活動をきっかけに色浴衣を選ぶ新しい楽しみが出来ました。今ではどこの温泉街でも体験できますが、オリジナルは城崎温泉です。

いまでは当たり前のことだけど、事例のないところから始めて、どんどん新しいことにチャレンジしている。それが、1300年も続く城崎の温泉街に根付いた文化なんです。

浴衣のファッションショーの様子。新しいものにチャレンジし続けるという城崎温泉の文化が、新たな温泉街の楽しみ方を生み出している

 

ー経営に入ってから新たに地ビールやレストランの事業を始めていますが、旅館からの反応はどうでしたか?

高宮さん:
マネジメントのやり方が前の会社と違うとか、実務のオペレーションの経験がないから現場に入って実際やったりとか、そういった修行経験はあるけれど、よく聞くような旧態依然とした環境があって、本来必要な変化や新しさが受け入れられないというのはなかったですね。

地ビールの事業やレストラン事業は入って2年後ぐらいに始めましたが、特にそこへの干渉や反対もありませんでしたね。不安はあったとは思いますけどね(笑)。

私が入る以前も、山本屋では料理を運ぶための専用エレベーターを率先して取り入れたりしていました。城崎の街の文化と同じく、変化や新しいものへの抵抗感はないんだと思いますよ。

但馬の美しい水と澄んだ空気が生んだ城崎の地ビール。山本屋直営のビール工場で作られている

 

ーそもそも地ビールやレストラン事業はなぜ始めたのですか?

高宮さん:
ひとつには事業リスクを分散するというのもあるけれど、単純に来てくださったお客さんがもっと楽しんでくれるように、また来たいと思ってもらえるにはどうしたらよいか、という発想が全てですね。

たとえば城崎に1泊して帰るとき、夜にカニ料理や城崎の名産を食べたいと思って、その時にカニ料理に合う、地元の名産に合うビールがあったら最高じゃないですか。その場も楽しいし、印象的な体験になるし、またこの街に来たいと思ってくれるきっかけにもなる。

それから、夜にカニを食べて朝に和食を食べたら、昼は洋食が食べたくなるんじゃないかな、とか。だから、地元の食材を洋風にアレンジしたものを出せるレストランがあったら喜んでもらえるかな、とか。全てはそういう発想から始まっていますね。

地元の食材に合うよう、味や香りが工夫された趣向の異なる4種類の地ビールを用意

 

当時はバブル崩壊後のタイミングで、それまでは団体客が多かったのが個人客へとシフトしていった時期。団体客の場合は、安心できるとか、大多数の人が喜んでくれるということが大切だったのが、個人になってくると好みや体験というのは人それぞれで、それぞれが楽しんでもらえることを考えないといけない。そういう意味でも、大きな変化が求められるタイミングであったのかもしれないですね。

地ビールレストラン「グビガブ」。季節や旬を大事に地元の素材にこだわった本格的な料理と地ビールが楽しめる

 

ーやはり外にいたからこその視点が活かされてるのでしょうか?

高宮さん:
旅館業界の古くからの常識を知らなかった事が強みだったのかもしれません。

消費者の目線で考えて行動しているだけだけど、あるとすれば、改装するときに設計士を外の人に頼んで、今までとは違う形にしてみたり、ネット予約を始めるときも外との接点があったのでソフト面で何かやるときにアイデアや知恵を貸してもらったりしましたね。そういう意味で、外で働いていたらからこその協力者というのはいたと思いますよ。

城崎 山本屋代表の高宮浩之さん。城崎温泉の魅力を語ってくださいました

 

ー今後の展望をお聞かせください。

高宮さん:
『観光業』という業界でいえば、一番と言えるぐらい可能性がある業界だと思っています。インバウンド政策に代表されるような、国を挙げて力を入れていく業界ですから。

ただ『旅館業』の形は変わっていくかもしれません。お客様の求めるものも変化していきますし、デジタル化をはじめ技術の変化も大きい。

私はインバウンド政策で海外から人がたくさん来るぞ、となっても、団体客をとるといった数を追うようなことは絶対にしない。

城崎はこの街を愛してリピートしてくれる個人のお客様によって成り立っているから、その人たちが訪れづらくなるような街にはしたくないですよね。

それにインバウンドとはいえ、いろんな国があって、国によって考え方も文化も違うわけだから、旅の楽しみ方も違う。そうなると、どの国の人を呼ぶのかということでも、やり方なんて変わってくるわけです。

だから、追うものは目先の「数」ではないと思ってますよ。

経営的に言うなら、事業規模を広げるのではなく、事業領域を広げていく、ということでしょうね。

部屋数を増やしてたくさんの人が泊まれるようにするのではなく、ひとりひとりの旅行客の楽しめる体験の幅を広げていく。

たとえば、魚の市場で競りを見ることができたら楽しいし、その場で新鮮な魚を焼いて食べたら最高。カニだけじゃなく、他の海産物も楽しんでもらえるかもしれない。そこで地ビールを飲むのもいい。

城崎温泉のある豊岡市では海水浴が出来るし、カヌーも楽しめます。スキー場までも40分程度です。城崎国際アートセンターが出来て、平田オリザさんも移り住んで来られて、演劇とアートのまちとしても新しい可能性が広がってきています。

楽しんでもらえるものがたくさんあるので、それをどう伝えるか、どう楽しんでもらえるか、ということですね。

雪景色の城崎温泉。春は桜、夏は花火に灯籠流し・・・四季の移り変わりとともにさまざまな風情を楽しめる

 

ー次の世代への事業承継はどう考えていますか?

高宮さん:
観光業の可能性は大きいけど、それを切り開けるかどうかは自分達次第だという話をしています。

ただ、子供には特に「継いで」という話はしてないですけどね。

子供も城崎の街が本当に大好きだから。それこそ小さいころから将来自分がこの街で何をするか、という話はしていましたけど、どうなんでしょうね(笑)。

高宮さんと奥様、城崎温泉が大好きという2人のご子息。城崎温泉の祭りにて

 

もうちょっと先の話になりますが、何かしら継ぐのではないかと思ってますが、そこは任せます。

1300年の歴史がある城崎温泉のブランド価値を守り、高めていく。子供や孫の世代に城崎温泉をいい形で引き継いでいけたら最高じゃないですか。

旅館を大きくすることや事業規模を大きくすることが幸せかもわかりません。自分たちが考えて納得がいくようにしてもらえればと思っています。

 


城崎 山本屋
〒669-6101 兵庫県豊岡市城崎町湯島643
ウェブサイト:https://www.kinosaki.com/
電話 0796-32-2114 
FAX 0796-32-3611 

彩り豊かな色浴衣が揃う(約100着)。着付けは女将や仲居さんがサポートしてくれるので安心

創業350年の山本屋。古くから引き継がれた和の趣きを大切にリニューアル。和モダンに現代建築が調和した居心地の良い空間


インタビュー・執筆:株式会社事業承継通信社  若村雄介・ 柳 隆之

関連記事はこちら