
株式譲渡と事業譲渡の違いとは? それぞれのスキーム・メリット・デメリットを解説
M&Aを検討し始めると、必ず出てくるのが「株式譲渡」と「事業譲渡」という言葉です。
どちらも中小企業のM&Aで広く使われる代表的なスキームですが、仕組みも、手続きの煩雑さも、引き継がれる範囲も大きく異なります。譲り渡す側にとっても、譲り受ける側にとっても、この違いを理解しないまま条件交渉を進めてしまうと、想定していたリスクの範囲や税負担が後になって食い違うことにもなりかねません。この違いを理解しておくことは、M&Aを検討するうえでの最初の一歩といえます。
本記事では、株式譲渡と事業譲渡それぞれの仕組みと、メリット・デメリットを整理して解説します。
CONTENTS
株式譲渡とは
株式譲渡とは、会社の株主が保有する株式を買い手に譲り渡すことで、会社の経営権(支配権)を移転させるスキームです。
会社そのものの法人格は変わらず存続するため、社名や許認可、従業員との雇用契約、取引先との契約関係なども、原則としてそのまま会社に帰属し続けます。いわば「会社という箱ごと」持ち主が変わるイメージで、中小企業のM&Aにおいて最も多く用いられる手法です。
オーナー経営者が保有する株式の全部を譲渡し、経営権を完全に移転する形が一般的ですが、一部の株式のみを譲渡し、当面は共同経営とするケースもあります。
株式譲渡のメリット・デメリット
売り手側のメリット・デメリット
メリット
- 株式譲渡契約の締結とその後の名義書き換えが中心となり、事業譲渡に比べて手続きがシンプルです。
- 個人株主が株式を譲渡する場合、譲渡益(譲渡所得)には申告分離課税が適用され、税率は所得税・復興特別所得税・住民税をあわせて約20%(20.315%)と、シンプルに把握できます。
デメリット
- 会社を丸ごと譲渡することになるため、一部の事業だけを手元に残す、といった選別はできません。
- 買い手によるデュー・ディリジェンス(買収監査)に対応するため、経営内容や財務情報を詳しく開示する必要があります。
買い手側のメリット・デメリット
メリット
- 許認可や取引先との契約が原則としてそのまま維持されるため、譲渡後すぐに従来どおりの営業を継続しやすくなります(※取引基本契約やライセンス契約、賃貸借契約、金融機関の融資契約などに、経営権の変更時の事前通知・承諾を求めるCOC条項〈チェンジ・オブ・コントロール条項〉が含まれている場合は、個別での対応が必要です)。
- 会社の実績・ブランド・取引関係などを丸ごと引き継げます。
デメリット
- 会社を丸ごと引き継ぐ形になるため、帳簿に現れていない簿外債務や、訴訟・クレームなどの偶発的なリスクも、原則としてそのまま引き継ぐことになります。
- そのため、デュー・ディリジェンスによって財務・法務上のリスクを事前に精査することが欠かせません。
株式譲渡に必要な社内手続き
株式譲渡は、法律上は株主本人の意思のみで譲渡できるのが原則です。
ただし、非上場の中小企業では、定款で株式に譲渡制限を付けている(株式の譲渡に会社の承認を必要とする)ケースが多くあります。この場合、取締役会設置会社では取締役会、取締役会を設置していない会社では株主総会(または定款で定めた代表取締役など)の承認手続きを経る必要がありますので、事前の定款確認が必要です。もっとも、オーナー経営者が全株式を持つ会社であれば、社内手続きの書面を整えるだけでスムーズに完了することがほとんどです。
事業譲渡とは
事業譲渡とは、会社が持つ事業の全部または一部を、資産・負債・契約・従業員などとあわせて個別に選び、売買契約によって譲渡するスキームです。
株式譲渡とは異なり、会社そのもの(法人格)は売り手に残ったまま、事業だけが買い手に移転します。買い手は「必要な事業や資産だけ」を選んで譲り受けられるため、複数事業を展開する会社の一部門だけを売買する、といった柔軟な取引が可能です。
事業譲渡のメリット・デメリット
売り手側のメリット・デメリット
メリット
- 不採算部門だけを切り離して譲渡し、優良事業は手元に残す、といった選別ができます。
- 会社(法人格)自体は存続するため、譲渡した事業以外の経営は引き続き続けられます。
デメリット
- 譲渡益は売り手法人の益金に算入され、法人税の課税対象となります。対象資産の内容によっては消費税が課される点にも注意が必要です。
- 譲渡対価はいったん会社(法人)が受け取るため、オーナー経営者個人が資金を手にするには、法人税が課された後の資金を配当や退職金などの形であらためて受け取る必要があり、法人税と個人の所得税・住民税による、いわゆる二重課税の負担が生じやすくなります。中小企業のM&Aで株式譲渡が好まれやすい理由の一つは、この税負担の違いにあります。
買い手側のメリット・デメリット
メリット
- 「必要な事業や資産だけ」を選んで譲り受けられるため、対象事業に関係のない簿外債務やリスクを遮断しやすくなります。
- 取得した資産・負債と支払対価の差額(税務上ののれん、資産調整勘定)を、原則として5年間で損金算入できるという税務メリットもあります。
デメリット
- 許認可は原則としてそのまま引き継ぐことができず、新たに取得し直す必要があります(業種によっては法改正で手続きが簡素化されている例もあります)。
- 取引先との契約は個別に相手方の同意を得て移転(契約上の地位の承継)する必要があり、従業員についても転籍にあたって一人ひとりの個別同意が必要です。
事業譲渡に必要な社内手続き
事業の全部、または事業の重要な一部を譲渡・譲受する場合には、原則として売り手・買い手双方で株主総会の特別決議(議決権を有する株主の過半数が出席し、その議決権の3分の2以上の賛成)が必要になります。譲渡する資産の規模が小さい場合などは、簡易手続き・略式手続きにより一部の決議を省略できるケースもありますが、基本的には株主総会決議が必要になる、という前提で準備を進めておくと安心です。
株式譲渡と事業譲渡の比較まとめ:どちらを選ぶべきか
実際にどちらのスキームが向いているかは、状況によって傾向が分かれます。
- 後継者不在などを理由に、会社全体をまとめて引き継いでほしい場合:
→株式譲渡が向いている - 複数事業のうち、不採算部門を切り離して優良事業だけを譲渡・譲受したい場合:
→事業譲渡が向いている - 買い手として、対象会社の簿外債務や偶発債務のリスクをできるだけ避けたい場合:
→必要な資産・契約だけを選べる事業譲渡が選ばれやすい - 許認可事業を、手続きの手間をかけずにそのまま引き継ぎたい場合:
→原則として許認可が維持される株式譲渡が向いている
主な違いを整理すると、次のようになります。
項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
譲渡の対象 | 会社全体(株式) | 選んだ事業・資産・負債のみ |
手続きの煩雑さ | 比較的シンプル | 契約・許認可の個別対応、株主総会決議などがあり煩雑 |
許認可の扱い | 原則そのまま維持 | 原則再取得が必要(例外あり) |
簿外債務リスク | 会社ごと引き継ぐ | 対象外の債務は遮断しやすい |
従業員の扱い | 雇用契約は原則そのまま継続 | 個別の転籍同意が必要 |
主な税金 | 個人株主:譲渡所得課税(約20%) | 売り手法人:譲渡益に法人税・消費税が課税(買い手は税務上ののれん償却が可能) |
会社全体をスピーディーに引き継ぎたい場合は株式譲渡が、特定の事業だけを整理して譲渡・譲受したい場合は事業譲渡が向いている、というのが大まかな傾向です。
ただし、実際にどちらを選ぶべきかは、対象会社の債務状況、許認可の有無、税務上の影響などによって判断が変わります。
まとめ:スキーム選びは専門家との相談が前提
株式譲渡と事業譲渡は、どちらが優れているという単純な話ではありません。
会社の状況、譲渡・譲受したい範囲、抱えているリスクや税務上の事情によって、最適なスキームは変わってきます。同じ「会社を譲渡する」という目的であっても、スキームの選び方一つで、引き継がれるリスクの範囲も、税負担も、手続きにかかる期間も変わってくるのです。
表面的な仕組みだけを見て自己判断するのではなく、FA(ファイナンシャルアドバイザー)や仲介会社、税理士、弁護士といった専門家に早い段階で相談し、自社にとってどちらのスキームが適しているかを一緒に見極めていくことが、M&Aを成功させる第一歩になります。
































































