
【事業承継事例】産業用ロボットシステムの足利技研が選んだ「自主性を守る」ための従業員承継(MBO)
親族内承継が困難となり、一度は外部へのM&Aが現実味を帯びる中で 、なぜ「自分たちで継ぐ」という道を選んだのか。その裏側にあった「資金調達」の決断と、従業員出身の社長だからこそ辿り着いた「疲弊させない経営」について、大野社長に詳しく伺いました。
創業者の急逝と「M&A」という現実的な選択肢
ー足利技研は、2005年に実質的な経営者であった桑子光一氏が56歳という若さで急逝されるという、非常に困難な状況を経験されています。当時はどのような体制だったのでしょうか
大野氏:
本当に突然のことでした。遺言もなく、当時は経理を担当していた夫人のとき江氏が社長に就任しましたが、実務の知識がない中で、取締役が支える体制で現場を回していました。
—その後、とき江氏が70歳を前にして「株式の売却(M&A)」を検討し始めたと伺いました
大野氏:
はい。業績が安定していた分、税制上の株価が上がっており、個人で買い取れる金額ではなくなっていたんです。
オーナーからすれば、会社の価値がわかるからこそ「第三者の企業に売るしかない」と考えるのは非常に現実的な判断でした。
—それに対し、大野社長は「待った」をかけられたのですね
大野氏:
私の中にあったのは、「経営の自由度を守りたい」という思いです。
外部の資本が入れば、現場のノウハウが制限されたり、親会社へのお伺いが必要になったりするかもしれない。40年近くこの会社で育ってきた私としては、自分たちの手で舵を取り続けたいと訴えました。

栃木県足利市に本社を構え、産業用ロボット分野で高い技術力を誇る足利技研
「資金」という壁をどう突破したか
—従業員承継で最も高いハードルとなるのが「株式の買取資金」です。M&Aの評価額では数億円とも言われたそうですが、どのようにクリアされたのでしょうか
大野氏:
メインバンクからの提案で、私が設立に関わった「ホールディングス(持ち株会社)」を設立するスキームを採用しました。この会社が銀行から融資を受けて足利技研の株を買い、足利技研からの配当を返済に充てる仕組みです。
—オーナー側の理解も不可欠だったかと思います
大野氏:
非常にありがたかったのは、とき江氏が「従業員のためなら」と、M&Aの提示額より低い水準で譲渡に応じてくれたことです 。
彼女にとっても会社は子どものような存在であり、「欲を見せず、足利技研が続いていくこと」を最優先してくれました。
—会社を引き継ぐという大きな決断にはリスクも伴います。ご自身の葛藤に、どう折り合いをつけたかお聞かせください
大野氏:
もちろん考えましたが、私にとっては、廃業して再就職・起業するリスクやM&Aによって地位や環境が保障されないこと、自由に出来なくなるリスクの方が大きかった。
18歳からこの会社で実務を経験し、一番わかっている自分が継ぐのが、結果として最も安定する道だと判断しました。

現場を最も知る立場から、従業員承継を決断した大野社長
従業員出身だからこそわかる「聞く姿勢」と「仕事の選び方」
—社長に就任されてから、特に意識されている組織づくりはありますか?
大野氏:
「従業員の話を最後まで聞くこと」、これに尽きます。
かつて、現場のトラブルに対してトップが一方的なコミュニケーションをとり、人の出入りが激しくなった時期がありました。社長に直接言えない本音を、私は中間管理職の立場で長年見てきましたから、従業員の立場というのは分かっているつもりです。
—福利厚生も、訪問整体の導入やがん検診(N-NOSE)など、非常にユニークで手厚いですね
大野氏:
人材育成に時間がかかる事業だからこそ、今いるメンバーが健康で長く働けることが最大の利益です。20代から60代まで幅広い世代がいますが、最近は若手から「社員旅行に行きたい」という声が上がって、復活させたりもしました。
—「売上を過剰に追わない」という経営方針も印象的です
大野氏:
無理な受注をすれば、現場が疲弊し、負のスパイラルに陥ります。あえて「自分たちが確実にやり遂げられる案件」をピックアップして受注できるよう、多くの引き合いをいただける環境を整えることに注力しています。これも、現場の苦労を経験してきた私なりのリスク管理です。
未来の後継者たちへ:従業員承継が当たり前の選択肢になる社会を
—最後に、足利技研のこれからの展望と、同じ悩みを抱える経営者へのメッセージをお願いします
大野氏:
私もいずれは、自分と同じように情熱を持った従業員に会社を繋いでいきたいと考えています。
国全体で見れば、黒字でも後継者不在で廃業する企業が増えています。ですが、会社を一番わかっているのは従業員です。彼らが大きな金融資産を持っていなくてもスムーズに承継できるような制度がもっと整えば、日本の業績の良い企業を残していくことができ、国にとっても大きなメリットになるはずです。
「会社を残したい、従業員や取引先に迷惑をかけたくない」—その思いがあるなら、従業員承継は全員が納得して次代へ進める、最良の選択肢の一つだと確信しています。
インタビュー・執筆:株式会社事業承継通信社




































