【M&A】株式譲渡?事業譲渡?M&Aの一般的なプロセスと譲渡の種類、メリットを解説
企業や事業を売買するM&Aには、大きく2つの手法をとられるケースが多いです。
株式譲渡、事業譲渡という方法があり、それぞれM&Aを進める際のプロセスや特徴が異なるのがポイントです。M&Aを検討する際には、あらかじめM&Aで用いられる手法を理解しておくことが大切。この記事では、M&Aの一般的なプロセスを解説した上で、ポピュラーな手法である株式譲渡と事業譲渡について詳しく解説しています。
CONTENTS
M&Aで用いられる「株式譲渡」と「事業譲渡」の違い
まずはM&Aでよく用いられる「株式譲渡」と「事業譲渡」という2つの手法について、詳しく概要を見ていきましょう。
一口で言えば、株式譲渡は「株式を譲渡して会社の所有権や経営権を渡すこと」であり、事業譲渡は「事業単位で資産や負債、契約を渡すこと」と考えられます。詳しい内容や違いをそれぞれ解説していきます。
株式譲渡とは?
M&Aと聞いて多くの方が思い浮かべるのはこちらの株式譲渡ではないでしょうか。会社法では、発行済み株式の過半数を取得すれば株主総会での議決権を獲得できるとしています。つまり、会社の所有者として経営権を保有できる、と言い換えられるのです。
日本の中小企業の多くはオーナー兼経営者として企業の代表を務めているため、中小企業のM&Aにおいては「買い手企業↔売り手企業の代表者」の間で株式譲渡契約が結ばれます。
そして、株式譲渡契約を締結するのはM&Aの最終段階なので、まずはM&Aの相手探しや基本合意書の締結、交渉、デューデリジェンスなどの手続きを進めなければなりません。細かなM&Aのプロセスについては後述します。
発行済み株式の過半数を獲得していなくても子会社化できる?
M&Aで重要な子会社と親会社の扱いについても、中小機構から詳しく説明がなされており、発行済み株式の50%以上を保有していない場合であっても親会社や子会社という関係性を築くことは可能である、としています。
子会社への融資額や出向させた役員・従業員数なども鑑みて、実質的に子会社として機能させることができると定められており、子会社化については株式譲渡に加えて様々な条件が加味されるのです。
つまり、一概に「株式譲渡によるM&Aはこのように進める」と定義するのは難しく、会社を買収する上で活用できる仕組みや会社法などを鑑みながら、売り手企業と買い手企業の状況に合わせて最適なスキームを構築していくのが重要であると考えられます。
簿外債務を引き受けるリスクが生じる
株式譲渡の場合は企業をそのまま譲り受ける形になるため、帳簿上の債務はもちろん、帳簿に記載されていない債務(簿外債務)も一緒に引き受ける可能性があります。
別の企業や個人から損害賠償請求を受けていたり、経営者の個人保証を引き継いだりというケースも考えられるため、事前の調査は欠かせません。デューデリジェンスや交渉の際に簿外債務についても詳しく話を進めておくことが大切です。
事業譲渡とは?
事業譲渡は先の株式譲渡とは異なり、「事業単位で」資産や負債、契約などを譲渡する手法です。譲渡されるものの中には有形資産以外にも、ノウハウや知的財産権といった無形資産も含まれ、譲渡後にその事業を変わらず展開していける状態で譲り渡すのが事業譲渡のポイントです。
資産や負債、契約をひとつずつ移転するので手間がかかる
事業譲渡で移転されるのは、事業に必要な不動産や機器といった資産、そしてそれにかかる負債、さらには既存の顧客との契約も含めた事業の存続に必要なすべての事柄です。これらを一緒に移転するのではなく、ひとつずつ移転していくため、株式譲渡に比べて細かな調整が必要となり、時間がかかります。
例えば従業員の移転についても、事業譲渡後に相手企業へ雇用関係を移転させるためには従業員一人ひとりの同意が必要ですし、飲食業や介護サービスといった専門職で必要な許認可についても、譲渡先の企業には引き継げないので、事業を譲り受けた企業が新たに許認可を取得しなければなりません。
このように、株式譲渡に比べて手間がかかるのが事業譲渡の特徴と言えます。
簿外債務や事業外の債務を引き受けずに進められる
株式譲渡では、帳簿に記載されている債務の全てを引き受けた上で、簿外債務が生じてしまうリスクがありますが、事業譲渡においてはそうした心配は必要ありません。事業に必要な事柄だけを引き受けるので、簿外債務はもちろん、帳簿に記載されている債務の中でも事業に必要と見なされるものだけを選んで譲り受けられます。
譲渡側にとっても、事業のみを単体で切り離して手渡せるので、企業そのものや他の事業は存続させたままM&Aを成立させられるメリットがあります。
資産や負債、契約をまとめて移転するわけではなく一つずつ個別に移転していくため、譲り受ける事業に必要だと思うものだけを選択できるのがポイントです。
その他の手法
M&Aのスキームの中には、株式譲渡や事業譲渡以外の手法も存在します。一般的には、以下のような手法が挙げられます。
・会社分割
自社の事業を切り離して、新設した企業へ譲渡する手法。一定の要件はあるものの、雇用契約や許認可を引き継ぐこともできるので、組織再編の一環として子会社を創設する際に良く使われる。
・合併
自社の全ての債権債務や資産、負債、資本を別の企業や新設した企業へ譲渡する手法。別の法人と合併して共同経営を行う場合などにも用いられる。そのため、事務処理系統を一本化したり、簿外債務や偶発的に生じる債務を検討したりといった注意が必要。
・業務提携、資本提携
2つ以上の法人が協力関係を結ぶ手法。業務提携は業務を遂行する上で協力することを指し、共同で仕入れを行ったり、物流を一本化したりといった例が挙げられる。資本提携はさらに踏み込んで、両社の株式を持ち合ったり、第三者割当増資を行ったりして、資本増強やより強固な関係構築のために用いられる手法。ステップを踏みながら事業承継を進める際に用いられることが多い。
このように、M&Aのスキームはそれぞれ異なるメリットを持っているため、自社や相手企業が求めているゴールに基づいて、最適な手法を選ぶことが大切です。
M&Aの一般的な手順を紹介
企業同士の吸収・合併を行うM&Aでは、一つひとつの契約を段階的に交わしながら慎重に進める必要があります。先述したように、簿外債務のような統合後に見つかる瑕疵を極力なくしたり、M&A後にスムーズに経営をスタートしたりするためにも、事前にM&Aの流れを把握しておくことが肝心です。
M&Aのステップは譲渡側と譲受側で異なるので、それぞれ見ていきましょう。
譲渡側企業のM&A手順は9ステップ
企業や事業を譲渡する側の企業は、大きく9つのステップを通してM&Aを進めていきます。
1.M&A仲介会社の選定
まずはM&Aのマッチングや契約をサポートしてくれる仲介会社を選定します。中間金がなかったり成功報酬のみの支払いで良かったりと、仲介会社は様々な報酬形態をとっています。
仲介会社によっても特徴や強みは様々なので、数社に絞って問い合わせを行い、比較検討してみましょう。また、M&Aに関する情報を秘匿するためにも、あまり多くの企業には問い合わせないほうが賢明です。
合わせて、仲介会社の報酬形態について把握しておくと、より仲介会社選びの精度が高まります。
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2.マッチング先の企業を選定
M&A仲介会社から紹介される企業の中で魅力的な企業を選定し、具体的な交渉に移る企業を絞り込んでいきます。M&A仲介会社は売り手企業の名前や詳細は明かさないまま、買収に興味を示している企業をリストアップしてくれるので、この時点では情報が漏れる可能性は低いと言えます。
企業や事業を譲渡する側は、「どんな会社に譲りたいのか」「譲渡時の条件はどのようなものか」という点を明確にして、M&A仲介会社へ伝えることが大切です。M&A仲介会社はそれらの条件を軸に相手企業をリストアップしていくので、事前にM&Aに求める条件を定めておくと良いでしょう。
3.事業の評価を行う
譲渡する企業や事業についての評価(企業価値算定)を行い、譲渡希望金額を定めていきます。企業の評価は非常にテクニカルな分野になるので、M&A仲介会社と一緒に進めていくことになります。
財務状況や競争力、事業の発展性などを多角的に評価し、最終的な譲渡希望金額を算出しますが、この時点で譲渡希望金額を高めようと、不利益な情報を隠すのは得策ではありません。
後述する「デューデリジェンス」というステップでは、買い手企業が最終的な譲渡金額を提示するために、自社に対してより踏み込んだ調査を行うためです。その際に隠していた不利益な事実が発覚してしまうと、M&Aそのものが水の泡になってしまいかねません。
会社の事実や状況をM&A仲介会社へ伝えた上で、適切な譲渡希望金額を提示しましょう。
4.マッチング開始
自社に興味を持っている企業に対してどのような順番で交渉を行っていくか、順位を付けてから交渉をスタートさせます。交渉の中で「より詳しい状況が分かるデータが欲しい」という要望が送られてくることも考えられるので、M&A仲介会社と共に、スムーズにM&Aが進行するようできる限りの協力を行いましょう。
5.トップ面談
基本合意書の締結などを済ませたら、いよいよトップ面談に移ります。M&Aに対しての想いや買収後の経営方針についてなど、経営者同士で正直に話し合う場がトップ面談です。
トップ面談の当日は、緊張や不安から「素直に伝えたいことが伝えられなかった」という状況に陥ってしまう方も少なくありません。伝えておきたいことや聞いておきたいことなどを事前にいくつか考えておくと、スムーズに話し合いを進められます。
6.交渉
トップ面談で双方がM&Aを進めることに合意したら、細かな条件の交渉に移ります。重要な事柄としては「譲渡金額」や「M&A後の経営方針」「社名・従業員の待遇」についてでしょう。
お互いの要望が始めから噛み合っていることは少なく、多くはこの交渉のフェーズでお互いに妥協点を探っていくことになります。どうしても譲れない、という点をしっかりと意識して、交渉に臨みましょう。
7.基本合意書の締結
M&Aの方向性や大枠に双方が合意した時点で、暫定的な譲渡希望金額やスケジュールを記載した基本合意書という書面を交わし、細かくすり合わせを行っていきます。
基本合意書は法的な効力を持っていませんが、盛り込まれる事柄の中に「独占交渉権」が含まれている場合は注意が必要です。独占交渉権を認めると、その買い手企業以外の企業とは交渉ができなくなります。
8.デューデリジェンス
先述したように、売り手企業の内情を詳しく調査するために、デューデリジェンスという手続きを行います。事前に用意してきた財務や法務、不動産、事業の資料と実情を照らし合わせながら正確な企業価値の算定を行い、最終的な譲渡金額が決定されるのです。
9.最終契約の締結(クロージング)
デューデリジェンスを経て最終的な譲渡金額が決定したら、いよいよ最終契約の締結に移ります。最終契約書には「譲渡金額」や「譲渡対象」、「決済方法」、「その他合意事項」が記載されます。
また、ロックアップ条項のように、M&A後も数年間は経営者として残り続けるよう定められている場合は、このタイミングで新たに顧問契約も結ぶことになります。
譲受側企業のM&A手順は8ステップ
企業や事業を譲受する側の企業は、大きく8つのステップを通してM&Aを進めていきます。
1.相談
まずはM&A仲介会社やマッチングプラットフォームへ相談を行います。あらかじめ、「どのような企業や事業を譲り受けたいのか」「いつ、どれくらいの金額で譲り受けたいのか」という点を明らかにしておくと要望が通りやすくなります。
2.ノンネーム情報の提供
希望する条件を提示すると、その後にM&A仲介会社からノンネーム情報が提供されます。この際に仲介会社から手渡される書類を「ノンネームシート」と呼び、相手企業の名前や詳細は非公開のまま、業種や事業内容、事業の規模、事業所のエリアなどが記載された書類を指します。
3.秘密保持契約の締結
ノンネームシートの中に興味を惹く企業があれば、M&A仲介会社へ相手企業の詳細を尋ねます。相手企業の名前やより細かな情報が開示されるため、この時点では必ず秘密保持契約を締結しなければなりません。
この手続きをネームクリアと呼びます。また、ネームクリアまで進めば双方がM&Aに前向きと判断され、この時点で企業概要書を渡すのが一般的です。
4.仲介者等との契約の締結
M&Aの手続きを本格的にスタートするにあたって、仲介会社と「仲介契約」「アドバイザリー契約」のいずれかを交わすことになります。契約内容には、「仲介会社へ支払う報酬について」や「自社にM&Aを専任すること」「マッチング先との直接交渉の禁止」などが盛り込まれます。
5.トップ面談・交渉
仲介会社と契約を結んだら、いよいよトップ面談に移ります。相手企業の理念や文化を尊重した上で、自社がなぜM&Aに踏み切ったのか、M&A後はどのように経営を進めていこうと考えているのか、という点について話し合います。
特に、異なる業種を譲り受ける場合は、相手企業や経営者に経緯を払って「教えてもらう」という感覚で臨む方が良いでしょう。
6.基本合意書の締結
先述したように、M&Aの方向性や大枠の条件について、合意した内容を記載した「基本合意書」を締結します。
7.デューデリジェンス
デューデリジェンスは譲受側の企業にとって非常に重要な手続きです。悪意を持って不利益な情報を隠されていた場合も、悪意なく、見解の相違で認識のズレがあった場合も、デューデリジェンスを通して改めて企業の実態を掴むことで、M&A後に瑕疵が見つかる可能性を排除できます。
また、デューデリジェンスによって重大な認識のズレが見つかった場合は、譲渡金額を変動させるなどして対応したり、M&Aそのものが破談になったりというケースも存在するため、入念に行うことが大切です。
8.最終契約の締結
デューデリジェンスによって最終的な譲渡金額が提示されたら、いよいよ最終契約の締結に移ります。基本合意書とは異なり、法的な拘束力が生じる契約書なので、あらかじめどのような内容が記載されるのか確認しておきましょう。具体的には、以下のような要件が盛り込まれます。
- 譲渡価格や譲渡対象
- 表明保証(財務や法務の情報が真実であると保証すること)
- 善管注意義務(引き渡しまでの間に、企業価値に重大な影響を及ぼす行動をしないこと)
- 競業避止義務(譲渡企業はM&A後、同業の事業を同一地区で営んで買い手企業と競業しないこと)
- その他保証債務の解消(オーナーの個人保証や秘密保持に関した情報を盛り込むことも)
このように、M&A後に生じうるリスクについても配慮した上で、最終契約の締結は行われています。
プロセスや手法を理解してM&Aを成功へ導く
M&Aを成功させるためには、株式譲渡や事業譲渡といったM&Aのスキームを理解した上で、それぞれのプロセスを詳しく理解しておくことが大切です。
この記事で紹介したM&Aの手続きの流れや、株式譲渡と事業譲渡の特徴を参考に、自社がM&Aに取り組む場合はどのようなスキームが最適なのか、どのように手続きを進めていくかイメージしてみましょう。
M&Aは非常にテクニカルな分野でありながら、企業を譲ったり譲り受けたりするという意味ではセンシティブな分野でもあります。企業を譲渡する際には、信頼できる仲介会社と二人三脚で進めることで、自社の想いや文化を残したまま、魅力的な企業へ譲渡できるでしょう。
M&Aに関して不安なことやわからないことがあれば、弊社へお気軽にお問い合わせください。
執筆者:小野澤 優大(おのざわ まさひろ)/事業承継士・ファイナンシャルプランナー