【事業承継事例】イベント施設・放送施設制作のバンセイ株式会社 代表取締役 上田浩太郎氏 インタビュー

今回お話を伺ったのは、東京都豊島区に拠点を置き、イベント施設や放送施設、ゴルフトーナメントの会場設営・運営などを手掛けるバンセイ株式会社の3代目代表取締役・上田浩太郎氏です。1943年のグループ創業以来、テレビ各局や大規模スポーツイベントの現場を支え続けてきました。しかし、事業承継を目前に控えた2020年、コロナ禍によってイベントが激減し、売上は8割減という未曾有の危機に直面します。一人も社員を解雇することなく乗り越え、業績をV字回復させただけでなく、離職率が高いとされるイベント業界で「3年連続の離職率ゼロ」を達成するまでの軌跡と、組織づくりの真髄について伺いました。 
 

ーまずは、バンセイ株式会社の成り立ちと事業内容について教えてください。


上田社長:
当社は1943年(昭和18年)に創業し、グループ全体で80年以上の歴史を持つ会社です。現在は主に「イベント関連施設の制作」「放送関連施設の制作」「ゴルフトーナメントの制作・運営」という3つの事業部を中心に展開しています。 

具体的には、スポーツやコンサートなどの仮設観覧席やテント、電気・給排水設備の設営、テレビ中継用・放送用の仮設施設づくりやカメラマンの補助などを行っています。放送関連分野については、NHKのテレビ放送開始と同時に業務をスタートし、70年以上の歴史があり、民放各局とも取引があります。また、ゴルフトーナメントにおいては、会場全体の仮設物設営から主要駅からの輸送・警備、本番の運営補助までをトータルでサポートしています。 

近年では、花火大会の有料観覧席の設営や演出サポートなども手掛けています。自社で観覧席の資材を保有している強みを活かし、隅田川や多摩川、江戸川、成田、印旛沼など関東圏の主要な花火大会に数多く携わっています。

 

―上田社長ご自身は、もともと家業を継ぐ意志はあったのでしょうか? 入社に至るまでの経緯をお聞かせください。


上田社長:
幼少期から野球をはじめスポーツ全般が大好きで、競技場に足を運んで観戦するのが趣味でした。
会場に響く大歓声や目の前の臨場感に圧倒され、「スポーツは多くの人に勇気や感動を与える素晴らしいものだ。いずれは自分もスポーツに関わる仕事に携わりたい」と感じて育ちました。学生時代からアルバイトとして放送局のカメラアシスタントなどを経験し、祖父や父の背中を見る中で、いずれはこの業界で家業を継ぐという意識は自然と持っていました。 

大学卒業後は、まずグループ会社の萬世建設株式会社に入社しました。建設業の「常設工事」における安全衛生や現場管理、営業、経営企画を3年ほど経験した上で、2001年にバンセイ株式会社へ入社しました。イベントの設営は、終われば取り壊す「仮設工事」です。だからこそ、常設の確かな安全基準を熟知した上で仮設ビジネスに向き合う経験は非常に大きかったですね。入社後は営業や業務全体統括を担当し、役員を経て父と共に事業を支えてきました。 

スポーツやイベントへの思いを原点に家業へ進んだ上田浩太郎氏

 

―2023年4月に代表取締役へ就任されましたが、承継の前にはコロナ禍という大きな危機がありました。当時の状況と、承継のタイミングについて教えてください。


上田社長:
父が高齢ということもあり、本来は2020年の東京オリンピックを一つの区切りとしてバトンタッチする予定で、3年ほど前から準備を進めていました。しかし、まさにそのタイミングで新型コロナウイルスが直撃したのです。 

人が集まるイベントや音楽フェスは一切できなくなり、オリンピックも1年延期や無観客開催となりました。全体の売上は一気に8割減。2021年3月期には約3億円の営業赤字に転落しました。「会社や世の中がこれほど低迷している状況でバトンタッチをしても、社員に不安を与えるだけだ。今は引き継ぎよりも、会社と雇用を守り、業績を立て直すことが最優先だ」と父と話し合い、承継の延期を決めました。 

 

―売上8割減・3億円の赤字という極限状態の中、どうやって雇用を守り抜いたのでしょうか?


上田社長: 「誰ひとり退職者を出すことなく進める」と固く心に決めました。雇用調整助成金を活用しながらも、足りない分はそれまでの内部留保を取り崩し、社員には100%の給与を支払い続けました。 

もちろん社員たちも不安だったと思いますが、「イベントが持つ感動の力や、人を喜ばせる仕事は絶対に世の中から無くならない。これは一過性のもので、必ず元に戻るから大丈夫だ」と社員に伝え続けました。私自身、この事業の社会的価値を微塵も疑っていませんでしたから。

 

―仕事がストップしたその苦境を、どのように組織改革へと繋げていったのですか?


上田社長:
それまでの私は外向きの営業や全体統括に追われていて、内部の組織づくりにじっくり目を向ける時間が取れていませんでした。
仕事が止まったこの時期こそ、これまで向き合えていなかった「社員の意識改革」と「社内環境の整備」に取り組む絶好の機会だと捉えたのです。 

当社には長い歴史があるゆえに、新しいチャレンジや変化を取り入れにくい風土が根深くありました。これまでは管理職や役員の意見が中心のトップダウン経営でしたが、それを改め、若手の意向を積極的に吸い上げる体制へと大きく舵を切りました。 

具体的には、若手社員を中心に「企業風土改革会議」を立ち上げ、自発的に「どうすれば会社が良くなるか」を議論してもらいました。そこで現場から上がってきたアイデアをもとに、フリーアドレス化やペーパーレス化、営業のチーム制導入、管理職へのコーチングや360度評価など、これまでやってこなかった新しい仕組みを次々と導入していきました。これらは私が押し付けたものではなく、すべて若手社員たち自らが発案した取り組みです。

若手社員との対話を通じて、組織改革を進める上田社長

 

―若手を前面に押し出す一方で、ベテラン社員とのバランスや組織内の調和はどのように図られたのでしょうか?


上田社長:
当社のようなものづくりの現場では、技術力はベテランが圧倒的に高く、長年のお付き合いから顧客との関係も個人に紐づきがちで、若手に引き継がれないという属人化の課題もありました。

しかし、顧客接点をしっかりと若手に引き継いでいかなければ会社の将来はありません。そこで、1人ひとりと丁寧にヒアリングを重ね、「これからの会社の成長には若手の力が必要であり、そのバックアップにぜひ長年培ってきたベテランの知見を貸してほしい」と趣旨を説明し続けました。

そうして2022年に新設したのが、シニア再雇用社員が所属する「業務支援部」です。メインの顧客対応は若手が担い、現場のサポートや危険回避、新人教育といったバックアップをベテランが担うという明確な役割分担を行いました。ベテランの長年の貢献に敬意を払いながら、頼れる助っ人として力を発揮してもらう。時間をかけて対話を重ねたことで、若手もベテランの技術に敬意を払い、互いにリスペクトし合える関係が定着していきました。 

 

―社員の声を起点にしたユニークな制度や福利厚生も次々と生まれていますね。


上田社長:
社員のアイデアを採用して、夏場にオフィスにいながら非日常を味わえる「ジェラート&南国パフェイベント」を開催するなど、本業のイベント演出ノウハウを社内活性化にも活かしています。
 

また、新卒初任給の引き上げ(21万円から23万円)に合わせて、既存社員に対しても月額2万円の手当を支給する制度を導入しました。仕事だけでなく、趣味や推し活、家族との時間など、社員一人ひとりが心豊かに過ごせるようにという想いからです。業績が回復してきたからこそ、社員やその家族にしっかり還元し、大切にする社風を根付かせたいと考えました。 

社員の声から生まれた社内イベントの様子

 

―それらの改革が、結果として業績や採用にどう結びついたのでしょうか?


上田社長:
社長就任後の約1年で売上を以前の水準以上に戻し、2024年3月期には売上高30億6,900万円、営業利益2億200万円と、業績を持ち直すことができました。厳しい状況下でも誰ひとり退職者を出すことなく、離職率が高いとされるイベント業界において、3年連続で「離職率ゼロ」を維持できています。

また、若手主導で始めたInstagramでの企業紹介・情報発信も大きな実を結んでいます。社内のリアルな裏側や社員の人柄が伝わる発信を若手チームが工夫を凝らして続けてくれた結果、学生からの応募が急増し、今期は10名の新卒採用が決まりました。若手にポジションを与え、信じて任せたことで、彼らのポテンシャルが一気に開花し、組織全体の躍動感が業績や採用の成果につながっていると確信しています。

私自身、社長室にこもることはせず、フロアに机を置いて各現場を巡回し、風通しの良い環境づくりを意識しています。1on1ミーティングについても、私が全社員と行うのではなく、私は管理職と、管理職は部下と行う形に徹しています。間に立つ管理職を信頼し、権限を委ねることが組織として機能する秘訣だと考えています。

 

―先代との関係性や、事業承継をスムーズに進めるための秘訣は何だったと感じていますか?


上田社長:
役員として経営に関わっていた時代から、前社長である父が信頼して仕事を任せてくれていたことが本当に大きかったですね。だからこそトラブルもなく比較的スムーズに引き継ぐことができました。 

自分がそうして信じられ、任されて育ってきたからこそ、私も社員に対して「人を信じ、任せ、与える」という姿勢を貫くことができています。2023年4月に代表に就任した際、「他者を信じ、自分を信じ、未来を信じる」という新たな企業理念を掲げ、ロゴやWebサイトを刷新しましたが、これも若手を中心としたプロジェクトチームと一緒に作り上げたものです。 

 

―最後に、100年企業に向けた今後の展望と、事業承継に挑む経営者へのメッセージをお願いします。


上田社長:
当社はグループ設立80周年を迎え、次は「100年企業」を目指しています。これまでは仮設施設などの施工・制作(ものづくり)を強みとしてきましたが、今後は当社がまだ持っていない総合的な企画力や運営ノウハウを持つ企業との連携やM&Aも視野に入れ、国際会議などの未踏領域にも挑戦していきたいと考えています。約10年前に福岡のイベント会社をM&Aした際も、一方的に自社のやり方を押し付けず、毎月現地に通って社員と対話を重ねることで融和を進めてきました。関わる人たちを大切にしながら、イベント総合EXPOへの出展などを通じて新規クライアントとの出会いも広げていきます。 

事業を引き継ぐ経営者の方々にお伝えしたいのは、やはり「人を信じ、任せ、与える」ことの大切さです。社会通念から大きく外れるものでない限り、現場から上がってきたアイデアに安易にダメ出しをして潰してはいけません。社員の声に真摯に耳を傾け、信じて任せることで、若手は躍動し、組織も業績も変わっていく力を持っています。これからも社員と共に、次の時代を切り拓いていきたいですね。 

 


インタビュー・執筆:株式会社事業承継通信社 柳隆之

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